グッドラック
この子を描いている時に、この子の目に、遠くにあるビルと空が映っていて、遠くを見ているんだなと思って描きました。
アメリカにいるとっていうか?
空をぼーっと見ることがあって、日本にいた時は、さほど気にもしていなかったのですが、
空を見て、この空の向こうには、日本があるんだよなとか、わかり切っていることを思ったり、空を見てため息をついたり、雲の形に感激したり、最近は、どうやったらこの雲を描けるのかなとか、考えます。
今日は、シェルターの代表が、絵をとりに来てくれました。
彼女は、もうお孫さんもいる年齢で、彼女は、リタイアしてから、ずーっと犬や猫の引き取り手を探したり、イベントをしたりだけでなく。引き渡すまでの体調管理、病気の子たちの治療、ボランティア達との関係で、毎日毎日動きっぱなし。家にいても電話がなりっぱなし、救急の対応、下手したら家族からも離れてしまっている生活に、とうとう終止符を打つことにしたそうです。
関わっていたくないわけではないが、このままでは、家庭崩壊になってもおかしくないというところまで来たそうです。
彼女の代わりを務めることは、相当の覚悟がいるようです。
何かを成し遂げるには、犠牲にすることも多いんだなと、改めて思いました。
何がそこまで自分を駆り立ててやるものなのか?また、やれるものなのか?
その葛藤は、人知れず。周りから、感謝されることは、この上なく嬉しいことだけれど、犠牲にするものも大きいのだと、思いました。
お疲れ様でした。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。